名前で呼ばれる場所
Substackの購読者さんが、100人を超えました。
ありがとうございます。
100人になったら、何かしようかなと思っていました。
Live配信も楽しそうだし、何か企画を考えるのもいい。
でも、いろいろ考えて。今回は記事を書くことにしました。
テーマは「名前」です。
私の本名は、めぐみです
私の本名は「めぐみ」です。
漢字で書くと、けっこうな確率で「めぐみ」とは読んでもらえません。
昔からインターネットを使っていて、ネット上の名前も特にひねることなく「Meg」でした。
15年以上付き合いのある、ネットで知り合った仲間もいます。
親友というか、仲間というか。結婚式にも遠くから来てくれて。
私にとって、とても大切な人たちです。
その人たちは今でも、私のことをMegと呼びます。
それは今も、好きな呼ばれ方です。
でも実は、本名の「めぐみ」と呼び捨てにされるのは、昔から少し苦手でした。
子どものころ。
父が私を「めぐみ」と呼ぶときは、だいたい怒られるときでした。
なので、
「めぐみ」
と呼ばれると、
何か怒られる?
と身構えてしまう。
そんな感覚が、いつの間にか残っていました。
だから昔から、
「めぐ」
と呼ばれるほうが好きでした。
一文字違うだけなんですけどね。
私の中では、かなり違います。
大人になると、名前で呼ばれなくなった
先日、noteに七話からなる創作文を出しました。
その話のテーマも「名前」です。
書いているうちに、
なんで私はこんなに「名前で呼ばれること」を気にするんだろう
と考えていました。
結婚して、子どもができると、
下の名前って、そうそう呼ばれなくなります。
誰々ちゃんのママ。
お母さん。
そして圏外ランクのオットからは、
「ママ」
「おい」
「あのさー」
です。
私の名前、どこいった。
もちろん、家族の中で「ママ」と呼ばれることが嫌なわけではありません。
でも私は、
自分で思っていたよりも、
名前で呼ばれることが好きなのかもしれません。
SNSなら。
ネットなら。
私は「ママ」でも「おい」でもありません。
ちゃんと名前で呼んでもらえる。
だから私は、名前を呼んでもらえる場所に少し執着するのかもしれないな、と最近思います。
私が名前で呼んでもらえる場所。
私にとっては、ちょっとした秘密基地みたいなものなのかもしれません。
私は声フェチなので、人の声の温度を感じたいと思うところがあります。
本当なら、声で名前を呼んでもらえたらもっと嬉しい。
でも文章も好きなので、文字で「のあ」と呼んでもらえることも、私にはかなりうれしいことです。
Substackでは新しい名前にしたかった
Substackを始めるとき、
ここでもMegでいいかな
とは思いました。
ずっと使ってきた名前だし、
たくさんの思い出もあります。けど、Megって名前めっちゃたくさんいらっしゃる。
これまでも「どこのMegさん?」とか言われてちょっと嫌な思いもしました。
なので今回は、新しい名前にしようと思いました。
これまでの自分を消したいわけではありません。
Megも私です。
でも、ここでは少し次に進みたい。
そんな気持ちがありました。
それが、
Noa(のあ)
です。
「Noa」にした理由
一番最初に浮かんだのは、
「ノアの方舟」でした。
いろんな人が集まって、ワイワイしたり、静かに過ごしたり。
好きなときに来て、好きなときに帰れる。
そんな場所を作れたらいいなと思いました。
そのあと「Noa」という言葉について調べてみると、
ハワイ語では「自由」や「解き放たれた」、
ヘブライ語では「やすらぎ」「心地よさ」
という意味として紹介されているものもありました。
気兼ねなく集まれて、少しホッとできる。
そんな場所がいいと思っていた私には、
なんだかしっくりきました。
それから、もうひとつ。
私は「No A」を「ノー・エー」と読んで、勝手に意味を重ねています。
Aだから一番。
Aだから正解。
そういうものに、とらわれなくてもいい。
誰かと比べるのではなく、自分らしくいられる場所。
そして、今から始めることの原点にしよう。
そんなことを考えて、
Noaにしました。
「のあ」という二文字も好きです。ひらがなOK!
そして単純に、
「のあ」
という二文字が好きでした。
短い。
呼びやすい。
なんとなく心地いい。
気軽に読んでほしかったので、
名前まで少しかしこまった感じにはしたくありませんでした。
Substackでは、
「のあさん」「Noaさん」
と呼んでくださる方もたくさんいます。
もちろん、それもうれしいです。
でも、もし呼び方に迷ったら、
「のあ」
で大丈夫です。
呼び捨てにしたからといって、
体育館裏には呼び出しません😅
自分でつけた名前が、自分の名前になってきた
Noaは、自分で選んだ名前です。
最初は、
ただ自分で決めただけの名前でした。
でも、
「のあ」
と呼んでもらう回数が増えるたびに、
少しずつ自分の名前になってきました。
Megは、
これまでの私を知っている大切な人たちが呼んでくれる名前。
のあは、
ここから出会った人たちが呼んでくれる名前。
どちらも私です。
名前って、
自分でつけて終わりじゃないんですね。
誰かに呼ばれて、
返事をして、
また呼ばれて。
そうやって少しずつ育っていくものなのかもしれません。
居場所ができた感じがします
Substackを始めたとき、
100人以上の方に読んでもらえるところまで来るとは、
あまり想像していませんでした。
これまでにも、悩んで、立ち止まって、煮詰まって。
うれしいこともあれば、悲しいこともありました。
これからも、たぶんあります。
きれいに前だけを向いて進めるタイプではありません。
また悩むと思います。
立ち止まると思います。
盛大に脱線することもあると思います。
それでも、
ここで「のあ」と呼んでくれる人がいる。
話しかけてくれる人がいる。
それが、私はとてもうれしいです。
見つけてくれて、読んでくれて、話しかけてくれて、ありがとうございます。
もうひとつ。
ひさしぶりに、曲をつくりました。
「隅っこの文字から」
この曲は、私が車の中でアカペラで録音した声をもとにして、
AIで合成しています。声85%混ぜ混ぜしました。
なので、たぶん私です。たぶん😅ノイズは消しました💦
しかし。
エフェクトをそんなにかけていないので、声ザラザラです💦
なんだか、とりとめのない名前の話になりました。
まあ、私の記事はだいたいこんな感じですw
でも今日は、いつもより少しだけ「私」を出した気がします。
よかったら、聴いてください。
♪隅っこの文字から
これからも、
いろいろ考えすぎたり、
突然何かを作り始めたり、
あっちこっち脱線したりすると思います。
こんなNoaですが、
これからも仲良くしてもらえたらうれしいです。
まだお話したことのない方も、よかったら、気軽に話しかけてください。
ここが、誰かの肩の力が少しでも抜ける場所になったらいいなと思います。
これからも、 のあ で。
よろしくお願いします。




名前一つとっても、様々なストーリーがあるんだなと朝からジーンとしました。
曲もとても素敵です✨
サビ頭の「ねぇ のあ」が語り掛けるような感じなのが名前を大切にしている感じが伝わってきて、終盤になってそこが力強くなっていく感じがとても好きです。(感じ、が多くてすみません💦)
歌詞だと「誰かが来たのなら少しつめればいい」がとてもやさしさを感じて好きです。
朝通勤の車の中で聴きながら、英語で歌えるのカッケーwって思いましたw
作品に関してあまり語るのも野暮かもしれませんが😅
のあさん、名前の由来しっかり考えておられて驚きました。
人から呼んでもらって名前が定着していくというのは、本当にそうだなと思います😊