【現在地】休職が決まったあと、私は職場に行けなくなった
2日後から自宅療養に入るはずだった。でも翌日、私は出勤途中で引き返しました。
前回、産業医の先生に言われました。
「ごめんね。休職をすすめるよ」
休職。
私が。
今の職場に来て、まだ半年で。
頭が真っ白になりました。
その週明け、私は心療内科に行きました。
産業医の先生に言われたことを伝えました。
環境を変えた方がいいと言われたこと。
休職をすすめられたこと。
心療内科の先生にも話してみてと言われたこと。
先生は話を聞いて、私に聞きました。
「いつから休みたい?」
え?
いつからでもいいの?
私は少し驚きました。
休む日は、病院や職場が決めるものだと思っていました。
自分で「いつから」と言っていいものだとは思っていませんでした。
先生は言いました。
「あなたが気になる職務があるなら、終わらせて納得して休んだ方がいいと思う」
その言葉を聞いて、少しだけほっとしました。
私は仕事を投げ出したいわけではありませんでした。
気になる仕事はありました。
私しかわからないメモもありました。
進捗を聞かれていないものもありました。
マニュアルにしないと。あとで誰かが困るかもしれない。
そう思っていました。
だから、2日後から自宅療養に入る診断書を書いてもらいました。
2日あれば少しは片付けられる。
マニュアルも作れる。
最低限のことはできる。
その時はそう思っていました。
でも、翌日から行けなくなった
ところが翌日。
私は職場に行けませんでした。
朝、出勤しようとしました。
準備もしました。
行かなきゃと思っていました。
でも途中で動悸が強くなりました。
胃が痛くなりました。
体が、職場に向かうことを拒んでいるようでした。
あと少し。
あと2日。
診断書もある。
ちゃんと区切りをつければいい。
頭ではそう思っていました。
でも体がついてきませんでした。
途中で出勤を断念しました。
そのまま引き返しました。
それから人事部にメールをしました。
まだ上長には休職のことを言えていませんでした。
人事の方から、上長にも伝えるよう促されました。
私は上長にもメールをしました。
文字を打つだけなのに重かったです。
自分で「休みます」と伝えること。
それがこんなに怖いとは思っていませんでした。
「ご無理のない範囲で」が重かった
返事はすぐに来ました。
そこにはこう書かれていました。
ご体調のご回復が最優先だと思いますので、お仕事のことは気にせずゆっくりとご静養ください。
その言葉だけを見れば、ありがたい返信でした。
休んでいい。
仕事のことは気にしなくていい。
そう言ってもらえている。
でも、私がメールに書いた引き継ぎについては、こう返ってきました。
ご体調の悪い所、大変申し訳なく思います。
ご無理のない範囲でご対応いただけると大変助かります。
私は自分のメールにこう書いていました。
現在対応中の業務の進捗や必要な引き継ぎ事項については、
できる範囲で整理し整い次第メールまたはTeamsにて共有させていただきます。
自分で書いたことです。
だから相手が悪いわけではありません。
私が先に「やります」と書いてしまったのだと思います。
でもその返信を見た瞬間、思いました。
さっさとマニュアルを作らなくちゃ。
そして、次を考えよう。
休むことになったのに、頭の中はまだ仕事の段取りを考えていました。
マニュアルを作る。
引き継ぎを整理する。
迷惑をかけないようにする。
できるだけ波風を立てないようにする。
でも、ふと思いました。
どうするのがいいんだろう。
私は何がしたいんだろう。
私は何を期待していたんだろう。
「仕事のことは気にしなくていい」と言われたかったのか。
「本当にもう何もしなくていい」と止めてほしかったのか。
それとも「あなたがいないと困る」と言われたかったのか。
自分でもよくわかりませんでした。
ただ、返信を見た瞬間に「やっぱり私がやらなきゃ」と思った自分がいました。
休むと決まっても、まだ私は仕事から手を離せていませんでした。
私物だけ持って帰る
次の日、私は自分にひとつだけミッションを立てました。
私物だけ持って帰る。
それだけでいい。
仕事をしようとしなくていい。
誰かに説明しようとしなくていい。
ただ自分のものを持って帰る。
私はいつもより1時間半早く出勤しました。
できるだけ誰にも会いたくなかったからです。
デスクを片付けました。
ロッカーも片付けました。
PCの中も確認しました。
まずいものは残さないようにしました。
復活できないように全消去しました。
動悸と冷や汗が止まりませんでした。
何か悪いことでもしているような感覚でした。
でも考えてみたら、そう感じるのも当たり前かもしれません。
会いたくないから、会わない時間に出勤している。
誰にも見つからないように自分のものをまとめている。
そりゃ手に汗も握るよなぁ。
そんなことを思いました。
誰もいなかったら、私は平気なのかな。
そんなことも思いました。
とにかく私物をリュックとサブバッグに詰めました。
まるで夜逃げでした。
ひとりだけ会えた人
誰にも会いたくありませんでした。
でも、事務員さんで私と仲良くしてくれていた人がいました。
その人が早めに出勤してきました。
すごく心配してくれていました。
その人にだけ挨拶をしました。
そして、リーダーに会わないように通る道まで教えてくれました。
私はその道を通って、逃げるように帰りました。
その時の私は、自分ではちゃんとしているつもりでした。
髪もちゃんとブローしてきたつもりでした。
ロッカーの鏡を見てびっくりしました。
髪はボサボサ。
顔色は白い。
目の下にはクマ。
クマ?
何年ぶりだろうというくらいでした。
ヨレヨレでした。
自分の顔を見て、ぎょっとしました。
家に着いたら熱が出た
無事に家にたどり着きました。
最初に感じたのは安堵でした。
帰れた。
職場から離れられた。
誰にも会わずに済んだ。
そう思ったら、力が抜けました。
そのあと発熱しました。
体がやっと緊張をほどいたのかもしれません。
明日から休める。
そう思うと、ただ安堵しかありませんでした。
でも上長からはマニュアル作成をお願いされました
私ひとりしかしていない業務だから、仕方ないと思いました。
本当は休むなら完全に離れた方がいいのかもしれません。
でも私の中にはまだ、仕事を残してしまった感覚がありました。
Codexにもある程度は仕込んであります。
家なら、職場にいるよりは気分も落ち着いていられる。
できる範囲でやろうと思いました。
休職までの道のりはまだ終わっていなかった
診断書を書いてもらったら、休職に入れる。
どこかでそう思っていました。
でも実際には、まだ提出物がありました。
連絡しなければならない人もいました。
手続きも残っていました。
休職は、ただ「休みます」で始まるものではありませんでした。
心と体が止まりかけている時に、書類を書いたり、連絡したり、説明したりしなければならない。
ひとつひとつが思っていたより重かったです。
それでも、返信を見た瞬間に私は思っていました。
さっさとマニュアルを作らなくちゃ。
そして、次を考えよう。
その時点で、気持ちは少しだけ職場の外を向いていたのかもしれません。
どうするのがいいんだろう。
私は何がしたいんだろう。
何を期待していたんだろう。
休職は、ただ仕事を休むことではありませんでした。
自分が何に傷ついていたのか。
何を手放したかったのか。
それでも何を大事にしたかったのか。
それを考え始める入口でもありました。
まずは1ヶ月のお休みです。
1ヶ月で何が変わるのかは、正直わかりません。
休んだら元に戻るのか。
戻りたいのか。
それもまだ、よくわかりません。
何に傷ついていたんだろう。
誰ひとり、仕事の進捗状況を聞いてこなかったことなのか。
相談する人がいるはずなのに、実際はいなかったことなのか。
それとも、なんかおかしいと思いながら、騙し騙し仕事をしていたことなのか。
どれもそうな気もするし、違う気もします。
ただ、自分で少し驚いたことがありました。
私は、登録しっぱなしだった派遣会社の職務経歴を更新していました。
それから、届いていたオファーメールの仕事内容を見ていました。
休職に入る準備をしているのに。
明日から休むという時に。
何してるんだろうと思いました。
でも、見ていました。
今すぐどうこうしたいわけではありません。
体を休めるのが先なのもわかっています。
ただ、自分の中ではもう少し前から、今の場所ではない働き方を考えていたのかもしれません。
まだ、言葉にはできません。
まずは休みます。
そのあとで考えます。
たぶん。





